HISTORY - ジェルボーの歴史 パティスリーサロン GERBEAUD(ジェルボー)東京本店

1913年2月のある日 ジェルボーにて

日本 大正2年
欧州は第一次世界大戦前夜、オーストリー・ハンガリー2重帝国崩壊

カフェの中心、あるいはそのトップに君臨すると言ってもいいのがジェルボーだ。
フランス風の店名自体から気高い品の良さがにじみ出ている。重厚でよく磨かれたガラスが昼間の太陽にキラキラと輝く中、繁華街を歩く旅行者達はある種の敬意をもってジェルボーの優雅な広間に見とれる。淑女達は正午の僅かな時間にその壮麗な空間に立ち入り、お菓子・ケーキの盛り合わせを、今晩のご馳走の為に買い求める。

午後にはジェルボーの雰囲気は変わり始める。優美な自動車が建物に押し寄せ、絹の奏でる衣擦れや華奢な仕上げの靴の音といった喧騒がカフェの広間に響き渡る。

そしてすぐに、輝く窓とベルベットの支柱に囲まれて、触れる事が出来そうなエキゾティックな空気が新たに店内に目覚めるのだ。

豪華な赤い絨毯の上を、控えめな笑みを唇にジェルボーの女性達は静かに、そして優雅に動き回り〔Houbigant〕の香水が漂う。ゆっくりと無意識に、話し声が小さくなってゆく。活き活きとしたPaquinやBeschoffのモデル達が金色のベルベットのイスに座っている。マニキュアの塗られた指が無意識に彷徨い、外国産の紅茶をもう一口飲む為にティーカップを持ち上げる。

紳士達のお決まりのご機嫌取りは落ち着いて静かになり、退屈したパトロン達のどんよりと疲れた目に、一瞬だが情熱の炎が灯る。
人はここで流行を先取りした外国のドレスを身につけ、貴婦人よりも光り輝く真に艶やかな気品ある女性を目にすることが出来るだろう。貴重なアンティークの上の控えめな灯り、家族の思い出の品、真珠や象牙で出来た置物や宝飾品といった宝物も其処此処に見つけられる。

白い夜明けのような真珠がバラ色の耳たぶの上でかすかな光りを放ちながら、凍った涙のように周りの様子を映し込む。婦人達の露にした白い肩の体温に温められたこれらの真珠は、静かで、控えめな笑みを浮かべ、洗練された上品な淑女達の涙のようである。

人々の話声や笑い声、時折聞こえてくるカフェをテーブルに置く時の音でさえ、美しい音楽のように耳に心地良さだけを残す。ここでは全てが、ただただ煌びやかなのだ。

ヨーロッパのおもてなしとノスタルジーを日本へ

2011年9月 ジェルボーの歴史より抜粋


◇中欧で150年余、愛され続けたハンガリーの至宝 カフェ「ジェルボー」

ハンガリーの首都・ブタペストで150年以上の歴史を誇るカフェ「ジェルボー」
かの有名なエリザベート王妃も愛し“ハンガリーの至宝”と称される老舗の味と文化は、今も変わらず受け継がれています。

◇ジェルボーの歴史

中欧で150年余、愛され続けたハンガリーの至宝 カフェ「ジェルボー」

ジェルボーは1858年、ヘンリー・クグレー(名門菓子店の三代目)によって現在のブタペスト市内ヨージェフ・ナードール広場にオープンしました。
趣味のいい家具に囲まれたサロン・コーヒー・トルテ(トルタ)、チョコレート、リキュールとボンボン、そして“ブタペスト地区最高”と評されたアイスクリームが大勢の人々に人気を博し、瞬く間に評判の待ち合わせスポットとなり、「6つのエレガントな世界が集まる場所」と呼ばれるようになりました。

1870年には市の中心であるヴォロシュマルティ広場に移転し、サロンだけでなく、さらにお菓子を紙皿にのせて包んで持ち帰るテイクアウトスタイルも生み出し、多くの人々の心を引き付けました。
有名なピアニストであり作曲家のフランツ・リスト氏もジェルボーの常連客のひとりでした。

◇エミール・ジェルボーとの出会い

ジェルボーの歴史

1882年、クグレーはジュネーブ生まれのエミール・ジェルボーとパリで出会い、その後、ビジネスパートナーとして迎え入れました。クグレーと同様にジュネーブの菓子店の家に生まれたジェルボーでしたが、その進取の気性に富んだ精神と人並みはずれた才能はクグレーとの出会いでさらに開花し、カフェは一層繁栄しました。

それまでカフェにはなかった新製品を加えて革新をもたらしたことで、ジェルボーの名はより一層、世間に広まっていきました。
国際的にもブリュッセルとパリでの世界博覧会の審査員への招聘や、パリで名誉賞を与えられるなど、数々の賞を授与されました。

また「ジェルボーの店」と呼ばれていたこともあり、後に「ジェルボー」と店名を変えました。
ジェルボーが亡くなった1919年以降1940年までは彼の妻エステルが経営に活発に参加し、常にその高い水準を保つように努めました。

◇エリザベートに愛されたカフェ

エリザベートに愛されたカフェ

ハプスブルグ家に嫁ぎ、オーストリア皇后・ハンガリー王妃となったエリザベート(在位:1854~1898年)がジェルボーによく訪れたと伝えられています。

王妃はさまざまな歴史の変遷があるハンガリーが、平和な独立国家となった礎を築いた人物として、長期にわたり、国民に慕われています。

その王妃の愛称“シシィ”にちなんだお菓子は、ジェルボーのブタペスト本店と東京本店で、お買い求めいただけます。

◇近年の復活

共産圏時代、店名は一時的に『ヴォロシュマルティ』としていましたが、1984年にジェルボー家により買い戻され、以前の店名『ジェルボー』に戻りました。

1990年代に入ると、ハンガリーに訪れる外国人観光客にとって必見の観光スポットとして再び輝きだしました。

1997年にはカフェが大改装され、内装およびシャンデリアやテーブルなどの調度品に20世紀初頭前後の懐かしさと優雅さを取り入れると共に、モダンなテラス席を設けるなど、古き良き時代と時代とを調和させた新たなストーリーが始まりました。

今日まで代々受け継がれてきたジェルボーの豊かな歴史は、今後も絶えることなく続いていきます。

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